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山小屋と通信革命 ~便利さと失われる本能~

近年、登山人口は増加傾向にあり、日本では年間約700万人が登山を楽しむといわれています。百名山の完登を目指す方や、3,000m級の山が連なる憧れの北アルプスを訪れる方も多いでしょう。筆者は、数日かけて縦走を楽しむこともありますが、頼りになるのが山小屋です。では、その通信事情はどうでしょうか?

山小屋の通信事情

時代を少し巻き戻しましょう。バブルの頃、登山届は紙に書き、登山口のポストに投函。家族に行き先を伝える人もいましたが、一度山に入れば、下山するまで通信手段はありません。山小屋では「今日の登山口」「明日目指す山」を宿泊カードに記入し、それが遭難時の捜索の手掛かりでした。

現代はスマホで登山届が提出できる時代。山中でも電波が届けば、その日の写真や山小屋の様子を友人に送信できます。登山アプリで歩いたルートを共有すれば、留守の家族も安心です。しかし、電波の届かない場所は意外と多く、筆者も、登山開始から終了まで、まったく圏外という経験があります。ガラケー時代には、通信会社が北アルプスの電波状況マップを公開していて、事前に確認したのを思い出しました。

「せめて山小屋にWi-Fiがあれば…」と思っていたところ、最近は衛星通信アンテナを設置し、Wi-Fiを提供する山小屋も登場しているそうです。

衛星通信技術の進化

さらに進化は止まりません。スマホが直接衛星と通信できる時代になりました。たとえば、緊急時に低軌道衛星(LEO:Low Earth Orbit)と直接通信し、圏外でもテキストメッセージで救助要請が可能なサービスがあります。衛星を見つける操作のあと、圧縮メッセージを中継センター経由で緊急サービスへ転送するそうです。また、さらに進んだサービスでは、スマホ同士で、メッセージや位置情報、対応アプリのデータ通信が可能になりました。

従来の衛星電話は高度約36,000kmの静止衛星を使っていたため、専用端末が必要で遅延も大きかったのですが、LEO衛星は高度約500~1,200kmと低く、遅延は数十ミリ秒程度。今は、テキストメッセージや緊急通報が中心ですが、今後は音声も視野に入っています。

ただし、課題もあります。衛星との通信は電力を消費するため、バッテリ管理が重要。有料でスマホの充電が可能な山小屋もありますが、山中では充電手段が限られるので、モバイルバッテリや省電力設定が必須です。また、衛星の可視時間に依存するため、通信が途切れる場合もあります。それでも、遭難時の救助要請が格段に容易になったのは大きな進歩です。

 

便利な時代になった一方で、「電波がないからこそ働いていた本能」が薄れている気もします。地図を読む力、天候を察する感覚、体力の自己管理…。筆者も年々衰える体力にも気を配りながら、これからも安全に登山を楽しみたいものです。